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室町幕府最後の将軍は、言わずとしれた第15代将軍足利義昭。
足利義昭は兄であった第13代将軍足利義輝が松永久秀・三好三人衆らに暗殺されると
僧籍から還俗し室町幕府再興を宣言、織田信長の援助を受け将軍職に就く。
それは皆さんも既にご存じの事かと思います。
でも。ちょっと、まった!
義輝が第13代将軍で義昭が第15代将軍なら、真ん中の第14代将軍はどうした?
それが本編の足利義栄なのである。
足利幕府第11代将軍義澄の子義晴が第12代将軍。
そしてその子が義輝と義昭。
義栄は、義澄のもう一人の子(つまり義晴の弟)義維の子であり、れっきとした将軍家の一員。
義輝が松永久秀・三好三人衆の手によってに暗殺されたあと数年を経て
永禄十一年(1568)三好三人衆により第14代将軍なるべく擁立された義栄は阿波平島館を出て京へ向かった。
摂津にはいり富田の普門寺で将軍の宣下を受ける。
だが松永・三好宗家・三好三人衆は決して一枚岩ではなく
三人衆に最も近い義栄はなかなか京に入ることが出来なかった。
(足利義秋=義昭との)相続争いの危機も加わっていた為、実より先に名をとろうと京に入らぬまま宣下を受けたようだ。
しかし、在位は、たった7ヶ月。
織田信長が足利義昭を擁立し入京した為、ほどなく在位を追われた。
そして彼は三好軍とともに四国へ渡る途中、失意のうちに病死してしまう。
足利幕府後期の将軍はみな御所以外の地で死んでいる。
ところがそれ以上。
この将軍だけは一度も御所に足を踏み入れることなく、この世を去ったのだった。
光栄のゲーム「信長の野望」を始め、各種ゲームでも第14代将軍足利義栄の存在は無視されることが多い。
「信長の野望・天翔記」で、やっと登場したもののほとんど三好の家臣扱い。
もっとも、事実上も似たようなものであるが・・・
足利幕府最後の将軍となった足利義昭は「文通将軍」とか「お願い将軍」とか陰口をたたかれ無能呼ばわりされることが
少なくないが、この足利義栄は何将軍と呼ぶべきなのだろうか。
「かげろう将軍」「まぼろしの将軍」「忘れ去られた将軍」「あんた誰や将軍」・・・・
とはいうものの、日本史上、数十人しかいない征夷大将軍・源氏の棟梁・武家の頭の一人である。
マイナー呼ばわりするのにためらいもあったが、武将列伝の一番手ということで許して欲しい。
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